スポンサーリンク【世界史.考古学】現在のトルコ内にチャタル・ヒュユクという遺跡があって、おそらくは人口一万の大都市であり、紀元前6500年から5500年ほど前に栄えたと思われる正に古代遺跡なんだけど、この街の構造が面白い。 まずこの街、出入り口がない。そして街路もない。スポンサーリンクスポンサーリンク歴史Twitterコピー2022.02.11スポンサーリンク現在のトルコ内にチャタル・ヒュユクという遺跡があって、おそらくは人口一万の大都市であり、紀元前6500年から5500年ほど前に栄えたと思われる正に古代遺跡なんだけど、この街の構造が面白い。まずこの街、出入り口がない。そして街路もない。 pic.twitter.com/7kLvwG0d17— エリザ (@elizabeth_munh) February 6, 2022街の家々は全て壁を共有していて、すし詰め状態で建っていて、家の中に入るための出入り口は天井にしかない。つまり住人たちは梯子を伝って屋根の上に登り、屋根と屋根を行き来して街を歩いた。地面には街路がないからね。こうした独特の街ができたのには理由がある。— エリザ (@elizabeth_munh) February 6, 2022まず壁を共有するのは建物の強度を増すためと、建築資材の節約。家々が壁を共有しあって街全体で一つの建物になる事で、少ない資材で頑丈な街を作れる。そして地面の高さに出入り口がないのは侵入者対策。もし敵や、猛獣が来ても、梯子を外せば家の壁は城壁に早変わり。— エリザ (@elizabeth_munh) February 6, 2022街全体が城壁としての機能を持っていた、かなり特殊な街ね。千年ほど栄えたみたい。文字のない時代だから詳細は不明だけどね。遺跡の規模から都市と言うに相応しく、人類最古の大都市とも言われてるわ。こんな昔からでも、防衛と言うのは大きな課題だったことが伺えるわね。— エリザ (@elizabeth_munh) February 6, 2022興味深い記事。言われてみれば確かにこういう事もありそう。 https://t.co/GCiXEP2VYW— エリザ (@elizabeth_munh) February 10, 2022面白いですね。はしごが自由に登れるまでは自力で外にも出られないですね!!— キンモクセイ(キンちゃんと呼んでください!) (@Kusunoki0538) February 7, 2022もし恐竜がいた時代に住むならこんな感じの都市がベストなのかなぁ… pic.twitter.com/IEByHzDBIO— akuzya (@kuazyamatu2000) February 7, 2022排水はどうしていたのか気になるところです。特にトイレは。— しぶちん⏳🌏🧭🔨 (@pmagshib) February 7, 2022コミュニティ内での盗った盗られたより外敵の方が怖かった、と言うことなのかな。でも、荷運びや子供や老人の移動は大変だったろうなぁ…。— しるば☆かっか (@gin_sou) February 7, 2022これだと窓がないので採光、通風が不便そうですねー— 北加瀬 (@kitakaaehe) February 7, 2022アサシン・クリードに出てくるセーブポイントみたいな感じか。屋根づたいに天井穴からしか侵入できないの。— らいこねん @トンガ復興祈念🇹🇴✨ (@Ut_wtnb) February 7, 2022これでもっとイメージがつかめるかな?狩猟採集社会で豊満な女性が美しいとされたようだね ラスコーを彷彿とさせるような壁画の数々エリザ@elizabeth_munhさんの素晴らしいツィートはこちらから
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